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今日のズッキーニ 〜親子でも友情ってあんのかな・・・・〜 2005年3月 |
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転勤(てんきん):be transferred 通称「トバシ・・・」 会社などの中で、勤務地が変わること。 「広辞苑」より
2005年3月某日(水)
我が社の決算月、いわゆる勝負の月は、
3月。
通常よりもより一層気合いの入る月である。
予算達成の勝負という月でもある。
そして、どうゆうわけか、
「人事の異動」
の時期でもあるのだ・・・(悲) あんだけ親しんで仲がよくなった友人たちとも一瞬にしておサラバ・・・ 何十年も同じとこで勤めていたひにゃあ目もあてられない・・・
ぶっちゃけた話し、 この時期になると我が社で働いている誰しもが、
怖い。
そう、誰にでも転勤(異動)の可能性があるからだ。
変な話、会社を辞める人々も数知れず・・・ (異動の希望を出している人はまた別だが・・・)
で、今回、我が千葉にも、 そんな恐怖が襲いかかろうとしていた・・・・
「あーオガタ君、水曜日の午前中、話しがあるから・・・」
(「くぁ〜・・・とうとう、きたか・・・(涙)」)
私はこの言葉を発せられる前に2度ほど課長と個人面談をしていた・・・ やはり、転勤前は怪しいニオイがするものだ・・・ 今思えばホント長い1週間だった・・・・
<3月の某日、面談の前夜・・・自宅にて…>
「…なぁ親父・・・俺、転勤なっかもしんね・・・・」
「・・・・・」 「おまえの好きにしろ・・・。」
「・・・親父の面倒、誰がみんだよ・・・・?」
「・・・おまえは、サラリーマンだろ・・・・・・」
ズッキーニは今も相変わらず体調が悪く、入退院を繰り返し、 最近やっと退院してまともな食事をとれるようになっていた。 私には、兄弟も、オフクロもいない・・・・ 親戚には介護施設も紹介されていた・・・・ そんな状態で転勤していいものか・・・・
<3月の某日、上司と面談の日…>
面談の時間は約40分も続いた・・・
面談後、 私は、親父に一本の電話をした。
「あ〜もしもし、・・・親父?・・・・」
結果を聞いた親父は特に喜びも悲しみもせず、 それくらいで電話をするなくらいの感じだった…
そしてその夜、家に帰ると、
部屋の入り口には、 私が1週間くらい貯めていた洗濯物が キレイに洗濯されて たたんであった・・・。
今まで一緒に住んでいても、決して、 親父は俺の洗濯物は洗ったことはない・・・ 少なくても、成人してからは・・・・
(「具合悪いのに、余計なことすんなよ・・・・」)
私は、そう心でつぶやいた・・・
そして、そのキレイにたたんであった 洗濯物を数分間見て、
私は、泣いた・・・
本当に一皮むけた一日だった・・・・ そしてまた1歩、大人になった気がする。 サラリーマンはいつか、転勤するものだ・・・・
やるしかない。
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